住職が毎月発行 禅源寺通信

No.04

老婆心

老婆心。禅語では老婆心切といい、「切」は「懇切」からきています。意味は年老いた女性が必要以上に世話を焼くことで「不必要な親切心」を言います。現在では「自分の心遣いや忠告は度を越しているかも知れないが」とへりくだって使うこともあります。
私達禅宗の僧侶の修行は大変厳しく、現代においては驚かれることばかりです。しかし、かわいそうなどと思って行き過ぎた手助けをすると、何のための修行なのかわからなくなってしまいます。修行はあくまで自分自身で体験し、苦労してつかむものです。子どもが、自転車に乗る練習をするときも同じです。最初は大人が手助けしてもよいでしょうが、いつまでも助けていては一人で乗れないままです。トンボは、 脱皮するときに人が手助けをすると、飛べなくなってしまうそうです。手を出して助けるのではなく、じっと見守ることが大切なのです。
何事も先走りしすぎず、良かれと思ってしたことが迷惑にならないように、ゆっくりゆったり見守ること、そして求められた時にだけ、手を貸して導けるような人であれたら、と思う今日この頃です。